「顧客第一主義」をうたう企業は数多く、「ホスピタリティ(おもてなしの心)」という言葉も商売の常套句になりました。しかし、当たり前になってくると本質を見失うのが人間です。大事なのは耳あたりの良い言葉を掲げることではなく実際の行動です。30歳の若者が改めてそれを教えてくれました。
世界最高峰のエベレストに「単独」「無酸素」で挑む栗城史多(くりきのぶかず)さんを一躍有名にしたのは、登山の様子を自らビデオカメラで撮影してリアルタイムで動画配信する「自分撮り」というスタイル。普通なら1グラムでも荷物を軽くしようとする登山で、わざわざ重い機材を抱えて自分撮りしながら世界6大陸の最高峰を踏破してきたのは、「夢や冒険の共有」を目指しているからだそうです。エベレスト挑戦の費用は7200万円。山を下りた彼には「資金集め」という、これまた「高い山」が待っています。起業家としてスポンサー獲得に奔走する一方で、各地を回っての講演活動。その講演に参加した60代のある社長が、「栗城史多という若者から真のホスピタリティを学んだ」としきりに感心していました。
講演会後のサイン会で彼は立ったまま1人ひとりを迎え、チケットの半券でもレシートでも携帯電話の電池でも背中でも、差し出されたものすべてに快くサインをしたそうです。その日、サイン会の列に並んだ人はおよそ300人。そのほとんどが栗城さんに自分自身の夢を語ると、彼はすべての人の話に熱心に耳を傾け、「一緒に夢を叶えましょう」と激励し、会場がタイムリミットになってしまったあとは、寒い中、外に出てまでサインを続けたそうです。来てくれた人を精一杯もてなしたい。夢や冒険の共有を目指す彼にとって、それはごく自然な行動なのだと思います。どんなに素晴らしいことでも、言葉を並べるだけなら単なる「標語」で終わってしまいます。掲げた「顧客第一主義」「ホスピタリティ」をただの標語に変えてしまわないように、私たちもよりいっそう魂を込めて商売に励んでいきたいですね。