●例外管理ができる人間はいるか
ある人がある食品会社の社長から、その人の執筆した本、数十冊の注文を受けた。
早速お送りした。著者購入額の8割引きに送料だけを添えて請求した。利益ゼロでも構わない。
ところが、一向に振込みがない。2カ月になる頃、経理課長に電話で問い合わせをしたら、こんな返事をもらい面喰ったそうだ。
「当社の仕入は、毎月何日締めの翌月何日払いです。今月の何日までお待ちください」
いや参った。定期購入品と一緒くたに扱われているのである。
その人は現金で買い求めているから、金利分は赤字が発生するのである。
これでは、恩を仇で返すようなものである。
ところがある出版社の場合、予定より早く師走に入金があった。
「予定より早い入金だが・・」という問い合わせに対して、「一、二カ月のことでしたら、師走に入金になると助かる人は多い。ですから、社長と相談の上入金しました」という。
同じ入金でも、両者の行動には大きな意味の違いが含まれる。
食品会社の経理課長には、「ワンパターン課長」という名がふさわしい。
その点、ある出版会社の経理課長は、「例外管理が出来る経理課長」と言える。
何事にも例外がある。例外管理のできる人間は、相手の立場に立てる人間のことである。

●時流は求める「新幹線型の組織」
コンサルタントがある大きな温泉宿に仕事で出かけ、社長に尋ねた。
「強い水圧で、ホースから水を噴出して、物の汚れを落とす物がありますが・・?」
するとご存じない。そこで通販会社を教え買ってもらった。
次月に伺ってみると、温泉の天井が見事に奇麗になっている。
「ホースを長く伸ばして、天井を洗いましたら、ご覧のように奇麗になりました」
奇麗になったのは、天井だけではない。壁も柱もキッチンも、いろんな所が奇麗になった。
この問題は、社長がホテル業界の専門誌ばかりに目を注ぎ、はっきり言えば、視野狭窄症を呈していたのである。そのコンサルタントが指摘するまで、まったく気付かずにいた問題だった。
温泉(ホテル)と言えば、「奇麗で清潔」というのが通り相場。ところがこのホテルの風呂場の天井は、黒っぽく汚れて変色している有り様。
風呂場を清掃する人間に、「適切な道具があれば、奇麗になるのに?」という提案能力はなく、与えられた道具で清掃するだけ。
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この両者に共通するのは、「問題意識がない」ということである。
いずれの問題も、「こうすればいいのでは?」と、問いかける人間がいなかった。
社長の言うがままに、社長の手足になって働くのもいいが、「社長の頭になって考える」という人がいなかったことである。
社長一人が機関車になって動く組織は「SL型」。社長以外に何台もの機関車(モーター)がつくのが「新幹線型」と呼ぶ。時代は後者を求めている。
16年02月01日 | Category: profile
Posted by: mao
●6年前にリストラされた55歳女性
この女性は毎日毎日、ビルのトイレ(男性用も)の清掃をしていた
彼女は生きがいをもって仕事に励んでいた

その女性清掃員が言った、ただ一つだけ言えること
「仕事があるだけで、仕事を与えられているだけで感謝している
リストラされた人間にとってどんな仕事でも差別されずに必要とされる仕事は
有り難く、とてもやりがいのあること、毎日、ピカピカにしています」と

ところがある日、ある若い男性二人が、そのオバサンを見て、
「こんな仕事やだよなあ~、マジで無理だわ俺」
「イヤ、無理とかってレベルじゃないだろう、トイレの掃除とかキモいって!
とりあえず、こうなったら人間のゴミだわ!」

それを聞いたある年配の男性が、言った
「どんな仕事でも、仕事があるということは必要とされているからなんだ、
これは立派な仕事です
誰にでもできる仕事じゃないことをしてくれる人がいるから、
君たちは何不自由なく便利に使えたり利用できるんだ
掃除をする人が掃除をして給料をもらう、それはその仕事がその人に対しての    『対価=ありがとう』という報酬なんだ
そこにお金という対価が発生しているということは必要とされているからなんだ    ゴミじゃないんだ

女性清掃員の話
私はこの仕事を与えられているだけで感謝している
与えられていること、任せてもらえる喜びを知っているから・・・
 
仕事をバカにしたり、差別したり、比べることは決してよくないことと思う
全ての仕事には「事情」があり、「原因」があり、「目的」があるという事を忘れな  いように!
皆さんはどう思いますか? 

16年01月01日 | Category: profile
Posted by: mao
●取り返しのつかない重大不祥事
 今度のフォルクス・ワーゲン社(VW社)の、排気ガスのごまかし問題で、日本では“驚き”を以て見られている会社がある。なぜなら、「この車の排気ガスはごまかしだ」と見抜いたのは、なんと京都に本社を置く堀場製作所の「ポータブル測定器」だったからだ。
 米当局が、堀場製作所の自動車計測事業戦略室の中村博司室長に、VW社の自動車に不正ありと、第一報を入れた。
 エンジニアとして、中村氏が入社したのは03年だった。
 当時は創業者の堀場雅夫氏が健在で、社是は「おもしろ おかしく」だった。その雅夫氏の下で、今回のポータブル測定器の開発に取り組んだという。
 参考にいえば、自動車の排気ガス測定器の分野では、世界シェア7割という。
 もちろん見破るのが目的ではなかった。純粋な排気ガス測定のためだった。
 というわけで、中村室長は、この事件で誇らしげな気分はなく、「重責を担っている」という責任感が大きく膨らんでいるという。
 この事件以来、近くにVW社の営業所があるが、これまで土日は商談客が多かったが、それもすっかり姿を消し閑古鳥が鳴いている。逆に株価も上がっているのが堀場製作所である。
 何れにしろ、車の名門ドイツ車に、取り返しのつかない汚名を残したことになる。
 堀場製作所の堀場雅夫さんは、ベンチャー・ビジネスの草分けで、1978年には53歳の若さで代表取締役を辞した人でもある。持論はこうである。
 「人生の能力・知力・経験・体力を、全部かけ合わせたものがピークなのが、40代である。50代になると、それらは少しずつ落ちて来る。後継者は40代が一番いい。ワンマン社長の首を切るのは自分本人しかいない」
 そう言って、自ら進んで代表取締役を降りたのである。惜しまれつつ、2015年7月14日に90歳で永眠。ほんの最近のことである。
 堀場製作所には、この創業者の遺伝子が脈々と伝わっていそうである。「おもしろ おかしく」「イヤならやめろ!ただ本当にイヤだと思うほどやってみたか?」経営する遺伝子が、脈々と受け継がれているのだろう。
15年12月01日 | Category: profile
Posted by: mao
~他社の失敗を嘲笑うな成功を深考せよ~
●成功という美酒を飲める人
 他社の成功に学ぶと同時に、他社の失敗にも反面教師として学ぶ必要がある。
 ユニ・チャームという会社がある。創業者は高原慶一郎さんである。
 この高原さんの考え方に教えられることは、彼の次のような言葉である。
 「経営に失敗し破綻する会社の例に出合う。しかし、そういう経営者を私は笑えない。自分だっていつ同じ立場に立たないとは限らないからだ。だから、そういう経営者には、むしろ反面教師として勉強させていただいている・・」
 経営者としての深い哲学という気がする。相当の苦労経験から生まれた珠玉の教訓です。
 その点、過去に例のない新発見や開発あるいは考案には、学ぶべき他人の成功や失敗に恵まれない。だから、自分自身の失敗を踏み台にするしかない。
 本田宗一郎さんも一時はさんざん失敗を重ね、ついに食うために闇酒のどぶろくまで作った時期もある。だから、本田さんは、「もし、俺が成功者というのなら、99の失敗で残った1が成功したんだ」というのが口癖でした。最後にひとつ教訓をご紹介します。
   ●程度の低い愚者は他人の成功にも学ばず、他人の失敗を嘲笑う。
   ●愚者の多くは他人の体験に学ばず、自分の体験のみに固執する。
   ●賢者は他人の成功にも学び、他人の失敗を反面教師にする
15年11月01日 | Category: profile
Posted by: mao
●プラスもマイナスも知る師匠
 マラソンの名コーチ、と呼ばれた男がいた。その名を【中村清】と言った。
 ソウルで生まれ、父親に折檻され木刀で息の根が止まるほど叩かれた、という。
 後年1500メートルで日本記録を出した中村は、中学時代には頭角を現している。東京の全国中学大会には出たいがカネが無い。そこで体操の先生に手を合わせ、仲間の生徒たちには、「みんな一銭や二銭わしにくれんか」と交渉し資金を拵えた。すごい交渉力を持っている。
 瀬古俊彦選手が長距離で名を残したのも、中村コーチのお陰である。
 短距離で走っていた瀬古はある日、中村さんに呼ばれた。行くと中村さんがいたという。
 開口一番、こう言われたという。
 「きみは短距離でなく、長距離で伸びる選手だ・・」
 この一言で、瀬古選手のマラソン生活はスタートした。
 瀬古は、「中村師匠は、コーチに生まれたような人」と呼び、中村コーチは、「瀬古ほど、苦しい練
習に立ち向かえる選手を知らない」と呼び、偉大な選手を作り上げた。
 中村さんは、一心不乱に練習する男が好きだった。
 名コーチは、主人公の得意技も欠点も知っている。知ればこそ生きた教訓が生まれる。

●大西良慶師匠
 若い頃はずいぶん荒行もした。行は何のために行うのかの問いに、大西良慶さんは応えた。
 「世の中の間に合うためだ」と。
  ある日パール・バック女史(「大地」の著者)が、京都にやってきた。
 「いままでで、いちばん楽しいのはいくつの頃でしたか」と、良慶さんに訊いた。
 「六十代から七十代にかけてが、最高でしたな」と答えた。
  彼女は手を叩かんばかりに喜んだという。
 「ちょうど私が、その年齢です」と、大喜びしたそうだ。
 なんでもないやりとりだが、当然彼女の年齢を読んで言った言葉である。
 お世辞や追従で出た言葉ではない。要するに“日々是好日”という言葉である。
 我々はとことん言われなければ、言葉の持つ意味がわからない。ところが違う。
 ある程度語れば、あとはわかる人たち。わが身を入れ替えてみたいものだ。
 世の中の間に合うために、終生、世の中の動きから目をそらすことがなかった。目が不自由になってからは弟子に新聞を読ませ、「かえって世の中がよく見える」と語った。
 日露戦争では、203高地の惨状を見て、「戦争は鬼だ」と叫んだ。
 ベトナム戦争では、枯葉剤をまく米軍を厳しく批判した。
 核兵器の廃絶運動にも熱心な人になった。
 鹿児島で生まれた「五つ子」の名付け親になり、その成長を喜んだが、肝心の子供たちは、その後どうなっているんだろうか。世の師匠の言葉をどう解釈しているのだろうか。
 世の中の変化が激しい。たまには昔日の思い出を語らないと、すぐに現実の姿に被い尽くされてしまうかも知れない。昔日の面影は教訓に満ちている。
15年10月01日 | Category: profile
Posted by: mao
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