09年06月30日
邑楽町コンペその後(2)
昨日の建築情報専門サイトのケンプラッツの建築・住宅の中で邑楽
町コンペ訴訟が和解になったと報じられていたのですが、この結果
に付いては何となくスッキリしない決着だなぁ・・・。
詳しくは下記のサイトで見てもらうとして、この訴訟で何が残った
のだろうと言う疑問です。担当弁護士は引用始め-----「裁判所が
一定の範囲で原告側の主張を認めた点は評価する。だが、建築設計
者の職能や設計者選定のあり方などに対する社会の意識が、この裁
判だけで変わるとは思わない。今回の裁判を建築界と社会が議論を
深める一つの契機にしたい」 ----引用終わり。
と話しているようですが、この様な和解に応じて議論の契機になる
のだろうか?
今回の訴訟は著名な建築家が起した訴訟で注目もそれなりに有った
ので、建築家の職能に対する社会的な意識が少しは変るのでは?
と言う期待もあったのですが、この和解ではどうかなぁ?
山本事務所は小田原の城下町ホールでも苦労していて、小田原の知
り合い(建築関係では無い人)に聞くと、建築家に対する認識は建
築界から思うのとは大分開きが有るというのが感想で、今後の公共
建築のコンペの有り様がどうなるのか気に掛かる所では有ります。
ケンプラッツ記事
邑楽コンペ訴訟が和解
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/building/news/20090626/533657/
町コンペ訴訟が和解になったと報じられていたのですが、この結果
に付いては何となくスッキリしない決着だなぁ・・・。
詳しくは下記のサイトで見てもらうとして、この訴訟で何が残った
のだろうと言う疑問です。担当弁護士は引用始め-----「裁判所が
一定の範囲で原告側の主張を認めた点は評価する。だが、建築設計
者の職能や設計者選定のあり方などに対する社会の意識が、この裁
判だけで変わるとは思わない。今回の裁判を建築界と社会が議論を
深める一つの契機にしたい」 ----引用終わり。
と話しているようですが、この様な和解に応じて議論の契機になる
のだろうか?
今回の訴訟は著名な建築家が起した訴訟で注目もそれなりに有った
ので、建築家の職能に対する社会的な意識が少しは変るのでは?
と言う期待もあったのですが、この和解ではどうかなぁ?
山本事務所は小田原の城下町ホールでも苦労していて、小田原の知
り合い(建築関係では無い人)に聞くと、建築家に対する認識は建
築界から思うのとは大分開きが有るというのが感想で、今後の公共
建築のコンペの有り様がどうなるのか気に掛かる所では有ります。
ケンプラッツ記事
邑楽コンペ訴訟が和解
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/building/news/20090626/533657/
09年06月18日
児童公園
住宅街のあちらこちらに児童公園が有って、そこには滑り台やブラ
ンコ、鉄棒などが設置されていて、子供たちが遊ぶ姿を良く見れて
ほほえましい気持になるのですが、あまり見ていると何やら不審者
扱いされるのではないかと、変な自制心が働いてしまいますが(笑)
この様な公園も世田谷にも多く見られますが、先日TVの報道バラ
エティ番組で全国の公園で、このような遊具の事故が起きていても
財政難で修理が出来ないという報道がされていました。
私が都市デザインモニターに参加している頃、公園の有り方が画一
的であるとの思いから、それぞれの公園が自由な発想で造れないの
かと指摘をした事が有りましたが、同じくモニターとして参加して
いた公園デザイナーの方の話では、公園には施設設置基準があり、
公園遊具の設置もブランコや滑り台は必須項目で、これを設置しな
いと、国から補助金が出ないと言う事でした。
補助金で公園を造ったのはいいが維持管理費が捻出できないとは、
子供にとっては迷惑な話で、子供を主体にした公園造りを補助する
制度は無いのが現実のようです。
ンコ、鉄棒などが設置されていて、子供たちが遊ぶ姿を良く見れて
ほほえましい気持になるのですが、あまり見ていると何やら不審者
扱いされるのではないかと、変な自制心が働いてしまいますが(笑)
この様な公園も世田谷にも多く見られますが、先日TVの報道バラ
エティ番組で全国の公園で、このような遊具の事故が起きていても
財政難で修理が出来ないという報道がされていました。
私が都市デザインモニターに参加している頃、公園の有り方が画一
的であるとの思いから、それぞれの公園が自由な発想で造れないの
かと指摘をした事が有りましたが、同じくモニターとして参加して
いた公園デザイナーの方の話では、公園には施設設置基準があり、
公園遊具の設置もブランコや滑り台は必須項目で、これを設置しな
いと、国から補助金が出ないと言う事でした。
補助金で公園を造ったのはいいが維持管理費が捻出できないとは、
子供にとっては迷惑な話で、子供を主体にした公園造りを補助する
制度は無いのが現実のようです。
09年06月17日
秋葉原
秋葉原と言う街には、ある思いがあります。昔ラジオ少年だった頃
ここは宝の山の街で、両手を広げた程の幅の店先で電子部品を販売
していて、そこに配線図と買う部品リストを手にして、よく買い物
に来ていたものです。
時代は変り今は秋葉原と言えばオタク文化の根源地となり「萌え」
と言われる言葉が出て久しいけれど、考えてみれば、昔からラジオ
を組み立てるなんて言うのはどちらかと言うとオタク的なものだか
ら、今はその延長線にあると言えるのかも知れない。
そんな秋葉原が再開発されて昔の面影が消えつつある訳ですが、街
と言うものを考える時に、そこに人の居場所が有るか否かが重要だ
と考えます。
再開発されて出来た街に訪問者は居場所を見つけ辛く、よそ者扱い
されているような疎外感を持つのですが、未開発の場所は猥雑で清
潔感に欠けるような場所なのに安堵感が漂っているように感じます。
都市計画と言うスケールが人間一人一人を消している結果の場所と、
未だヒューマンスケールが残る未開発の場所と、両方を体験できる
のが、この街の現在の姿なのだと感じます。
09年06月06日
世襲
この頃、政治の世界で世襲論議が、かまびすしいと言った状況です
が、それとて、何やら自分達の地位確保の為の論議のような気がす
るのですが、皆さんは如何ですか?
そんな世襲論議を聞いて、自分が身を置く建築界を見てみると、結
構世襲と言えるかどうか判りませんが、2代目3代目の人は居ます
ね。九州大学大学院教授の土居義岳教授のブログでは昔のフランス
の建築家は世襲が普通の事だと書かれていますが、現代では単独の
建築主で建築家として成り立つ職業では無いために、世襲をしたと
しても、必ずしも安定した地位を確保できるとは限らないのが現代
の姿。その中で世襲をして一線で活躍している建築家は凄いなぁ。
とは感じます。
世襲の話で、建築界で驚いた事が有りましたっけ。一昨年に世界的
な建築家の黒川紀章氏が亡くなられて、さて、あの事務所は今後誰
が運営してゆくのだろうと思っていた時に、
建築雑誌に写真家の息子が社長に就任したと言うインタビュー記事
が載っていた事が有りました。
30、40はヒヨッコで、60からが一人前と言われるこの世界で
いきなり社長に就任とは、これぞまさしく世襲の見本のような出来
事では有りました。
が、それとて、何やら自分達の地位確保の為の論議のような気がす
るのですが、皆さんは如何ですか?
そんな世襲論議を聞いて、自分が身を置く建築界を見てみると、結
構世襲と言えるかどうか判りませんが、2代目3代目の人は居ます
ね。九州大学大学院教授の土居義岳教授のブログでは昔のフランス
の建築家は世襲が普通の事だと書かれていますが、現代では単独の
建築主で建築家として成り立つ職業では無いために、世襲をしたと
しても、必ずしも安定した地位を確保できるとは限らないのが現代
の姿。その中で世襲をして一線で活躍している建築家は凄いなぁ。
とは感じます。
世襲の話で、建築界で驚いた事が有りましたっけ。一昨年に世界的
な建築家の黒川紀章氏が亡くなられて、さて、あの事務所は今後誰
が運営してゆくのだろうと思っていた時に、
建築雑誌に写真家の息子が社長に就任したと言うインタビュー記事
が載っていた事が有りました。
30、40はヒヨッコで、60からが一人前と言われるこの世界で
いきなり社長に就任とは、これぞまさしく世襲の見本のような出来
事では有りました。
09年06月04日
工事現場の事故
最近建築工事現場での事故が続いている感じで、今、建築工事現場
で何が起きているのか、他人事では無い状況です。
建築工事は危険と隣り合わせの仕事なので現場には「安全第一」と
いうスローガンが掲げられています。(この安全第一の事には過去
の記事の「思い出す」で触れています。)その言葉が現場員夫々が
意識しているのか、疑問に思われかねない現象です。
兎角、仕事に慣れてくると、此処までは大丈夫だろう?と、経験か
ら推量する事を見ますが、そこに落とし穴が有るのだと、自分が監
理をする建築現場で注意をするのですが、判っていると言う態度を
取られる時など、知っている事と判っている事とは違うんだぞ!と
つい、声を荒げてしまう事も有ったりします。
耐震偽装事件以来建築界全体が何か弛緩しているような印象を持た
れるのでは無いかと思われるこのような事故に、工事現場では更な
る緊張感を持って欲しいと思うのでした。
ページ移動
前へ
1,2,3,4, ... ,9,10
次へ
Page 3 of 10
で何が起きているのか、他人事では無い状況です。
建築工事は危険と隣り合わせの仕事なので現場には「安全第一」と
いうスローガンが掲げられています。(この安全第一の事には過去
の記事の「思い出す」で触れています。)その言葉が現場員夫々が
意識しているのか、疑問に思われかねない現象です。
兎角、仕事に慣れてくると、此処までは大丈夫だろう?と、経験か
ら推量する事を見ますが、そこに落とし穴が有るのだと、自分が監
理をする建築現場で注意をするのですが、判っていると言う態度を
取られる時など、知っている事と判っている事とは違うんだぞ!と
つい、声を荒げてしまう事も有ったりします。
耐震偽装事件以来建築界全体が何か弛緩しているような印象を持た
れるのでは無いかと思われるこのような事故に、工事現場では更な
る緊張感を持って欲しいと思うのでした。