事案は、「観光バスの副運転手が、誘導のため下車しようとしたときに、同僚運転手が前進発進したため、そのバスに着地していた左足を轢過され、その結果生じた逸失利益と慰謝料を、民法715条1項の使用者責任を根拠に、損害賠償として請求したもの」である。

 これは、東都観光バス事件であるが、控訴審が、逸失利益については棄却し、慰謝料については200万円を認定した上、原告に過失ありとして過失相殺をし、かつ労災保険に基づく障害補償一時金および使用者等からの弁償金についても過失相殺の対象とし、先の慰謝料から控除したのに対し、最高裁(最判S58、4、19)は、次のように判示して、破棄差戻した。

 「労働者に対する災害補償は、労働者の被った財産上の損害の填補のためにのみされるものであって、精神上の損害の填補の目的をも含むものではない」から、・・・・・・・・・・前記上告人が受領した「労災保険による障害補償一時金及び休業補償金のごときは、上告人の財産上の損害の賠償請求権にのみ充てられるべき筋合のものであって、上告人の慰謝料請求権には及ばない」ものというべきであり、従って上告人が右補償金を受領したからといってその全部ないし一部を上告人の被った精神上の損害を填補すべきものとして認められた慰謝料から控除することは許されない。

 このように、わが国の最高裁判例は、労災保険法に基づく給付を、財産上の損害の填補であり、精神上の損害を含まないものと解していますから、慰謝料と労災保険法を調整するのは誤りなのです。ただ、「慰謝料」は、財産的損害を除く純粋な精神的損害のみを含んでいることが前提ですから、注意が必要です。

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