経営者の危うい感覚 それはトラブルのモトです(H21.12月号の記事)
~今までは通用したかもしれないけれど~

 私が社会保険労務士業を始めて来年で13年目に入ります。この間、不幸にして労使間に様々なトラブルが発生し、その都度経営者の立場でアドバイスを申し上げてきました。第三者の立場から見て、明らかに労働者に問題がある というケースもありますが、労使紛争には程度の差はあれ、労使どちらにもそれなりに帰責事由があるというのが私の実感です。
 紛争は解雇事案を筆頭に、退職勧奨、賃金不払い、労働条件の引き下げ、いじめ・いやがらせ、離職事由をめぐる紛争など様々な類型がありますが、ここでは私が経験した中で、紛争の根にある経営者の危うい感覚を申し上げたいと思います。これらの紛争は法律上の権利義務関係をめぐる民事紛争の一形態なのですが、その根っこには、そこへ至るまでに労使間の感情的な鬱積があるのが普通です。いわば不満や恨みの蓄積が権利義務と結びついたときに、紛争として表面化します。 どうか対岸の火事と考えず、一つでも思い当たる節がないか、自問自答していただければ幸いです。

1.給料を自由に減額できるという感覚

 経営が苦しいから給料は当然に下げても構わないとか、その月の総支給額を見て今月は多いと思えば事後的に調整するとか、個別の同意や理解を得ることなく勝手に従業員の給料を操作するというものです。

2.給与明細を自由に変更できるという感覚

 1とは違い、総支給額自体を引き下げるということではありませんが、基本給や手当の内訳構成を勝手に変更するというものです。これも不信感の温床となります。

3.社会保険料を引き下げても良いという感覚

 社会保険料の企業負担は確かに重いものです。できたら何とか軽くしたい気持ちは分かります。しかし実際の報酬額を申告せず、低い額で申告し、負担を抑えようとするのは常識論ではなく、もはや犯罪です。今問題になっている「消された年金」の一形態です。

4.有給休暇は当社にはない、又は○日しかないという感覚

 使用者が労務管理上嫌がられる最たるものに、有給休暇があります。有給休暇が濫用されるかどうかは社風にもよるのですが、これについての私の考え方はかつてH19.11月号にて述べておりますのでここでは割愛しますが、「うちには最初からそんなものない!」と公言する感覚は非常に危険と言わざるを得ません。また○日までなら認めるというのも同様です。

5.就業規則を無視する感覚

 就業規則(特に賃金規程)を無視して、使用者の裁量を優先させる場合も危険のタネです。就業規則には「皆勤手当は無欠勤時に支給する」と記載があるにもかかわらず、今回は遅刻があったからカットしとくというような感覚です。書いてあるルールと実際のルールがあっていない場合は、現状に合わせればいいのですが、最初から軽く考えて無視するのは後々禍根を残すことになります。

6.公私混同する感覚

 労働契約の本質使用従属関係です。使用者は自らの管理下において指揮命令する権限を持っています。そして基本的に従業員はその命令に従わなければなりません。しかしそれはあくまでも業務に関してであり、私生活上の全人格まで売り渡しているわけではありません。たとえ関連会社の業務でも直接雇用関係のない会社の業務に従事させる場合においては「すまないな」くらいの遠慮が必要ですが、個人的な引越しの手伝いとかは問題外です。


7.権力の行使を拡大させる感覚

 6で言いましたように、労働契約は使用従属関係です。したがって使用者が従業員にパワーを行使するのは当たり前です。しかしそれは適切に行使する必要があります。パワハラと呼ばれる事案は、このパワーの行使が人格否定に使われたときに紛争として顕在化します。使用者には人事権がありますが、生身の「人」と事物を表す「事」という言葉が組み合わさって、「人事」になっていることを忘れてはなりません。つまり事に焦点を当てずに人に焦点を当て過ぎると相手に恨みを買うだけになるのです。

8.人をモノ扱いにする感覚

 7の人格否定の話に通ずるのですが、この厳しいデフレ経済化における価格競争を勝ち抜くために、間違った人件費カットをしていないでしょうか。勿論どうしようもない従業員も一部にいることは事実ですが、そのほとんどは平均的人物です。その人にも人生があります。大切に育てた親御さんがいます。その人に生計を共にしている配偶者がいます。その人に育てられている子供がいます。生身の人間を経理上の経費として見ている感覚も危険なタネです。

9.労働法を守ると会社が潰れるという感覚

 労働基準法や社会保険諸法令は道路交通法のようなもので、生活に密着した法律ですが、なかなかそのすべてを遵守するのは難しいものです。すべての車が法定速度以内で走ってないようなものでしょう。しかしだからと言って最初から守らなくいいとか、守る気がないというのは話が別です。よく法律論の話をすると、「そんなことしていたら会社が潰れる」と伝家の宝刀のように言われるケースがありますが、本当に潰れるのでしょうか。言い訳にしていないでしょうか?。

10.ばれなければOKという感覚

 最近品格という言葉がはやっていますが、経営にも品格なるものがあるような気がするのです。何をやってもばれなければOKという感覚。儲かりさえすればいいという感覚。これもトラブルの温床になります。従業員は経営者の姿を見ています。完全無欠な聖人君子を誰も求めていませんが、自ずと信頼できる経営者かどうかを判断しています。

11.ヒステリーな感覚

 これは感覚というより性格的なものかもしれませんが、経営者がヒステリーを起こすと従業員は絶対についてきません。自分の思い通りにならないとき、ミスしたとき、忙しいとき、虫の居所が悪いときなどにその傾向があります。一事が万事。ヒステリーをおこされた従業員はその悪い印象をずっと脳裏に刻んでいます。

12.パート、試用期間は労働者でないという感覚
 
 これも社会保険の適用や解雇などの場面でよく遭遇する事案です。経営者の中には正社員だけが常用雇用の従業員と考えておられることがしばしばあります。確かに社会保険の適用対象にならない勤務形態のパートはいますし、試用期間は解雇権が比較的広いなどの相違はありますが、雇った以上はどのような形態であれ、会社の従業員です。パートだから、試用期間中だからといって、無原則に経営者の裁量権が認められるわけではありません。


13.小さな約束なんて大したことないという感覚

 経営者から見れば、従業員は10分の1であり50分の1の存在かもしれません。しかし従業員から見れば常に1対1の関係であることを忘れてはならないと思うのです。そしてこの感覚は小さな約束の場面でよく見られます。経営者からみれば些細な約束ごとでも、相手はよく覚えています。紛争後によく分かることですが、そんな些細なことで、と思われることが遠因となっているケースが多いのです。


14.従業員はバカだという感覚

 これは経営者の人間観に帰する事柄かも知れません。たしかに退路を断って仕事に打ち込む経営者から見れば、ほとんどの平均的な人は物足りなく映るかもしれません。しかし経営者とサラリーマンの背負っているリスクの大きさが全然違うため、その溝は簡単に埋まりません。それよりも、我が社に働きに来ている人間に対しては、雇った以上責任があるのだから、お客様の幸せの次に従業員を幸せを本気で考えていれば、誤解を恐れずに言えば、多少の労働法違反があっても、大問題には発展しません。お客様から頂いた利益で経営者と従業員がWIN・WINの関係になりたい思いを出すのです。

文責 特定社会保険労務士 西村 聡
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